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史記

北方謙三の史記です。
4巻読んでだいぶ経ち、最近は1巻から読み返したり拾い読みすることが多くなりました。
先へ先へと読むのも面白いけど、戻ったりつまみ食いするのはもっと楽しい。
色んな再発見もある。
何度も読んで見つけるおもしろさ、味わいがあるって言う本を体験できて幸せです。
スルメみたいな本ですねw

以下、史記に関するメモです。
気色悪いかも知れないので注意。
(※恥ずかしながら年代に勘違いがあったので訂正しました。)


・陛下が衛青どのに「休め」って言った……!(3巻)
 軽く衝撃です。1巻でも2巻でも衛青に休めという言葉はなかったのに…。
 そういえば3巻は衛青どのが着物着てたり(レアい!)したなあ。
 霍去病が一人前になって、第一線を退いた気分なのだろうか。
・4巻
 衛青どのの死。司馬遷は「衛青は人気なかった」というのを史記(原物)で語ったが、こっち(北方史記)の衛青は愛されてるなあ…!
 李陵…李陵お前……!もはや衛青どの親代わりだよ!
 なんつうか、衛青どのは $控酩臓´頭屠 M陵 三人の親だよな。
 名伯楽っつうか、もはや親だよ。衛青どのが育てたようなもんだよ。
 頭屠は衛青どのが死んだと聞いたとき、どう思ったんだろうなー。
 戦以外(和議とか捕虜交換とか)の場で会った所とかを想像すると、も、悶える…。
 <会った場合>
 〔衛青「後輩見るような気分」:頭屠「えええ衛青に会っちゃったたたた」〕
 〔衛青「反応に困る」:伊稚斜「gkbr」→酒でも飲んで和む〕
 〔衛青「これはこれは」:烏維「どうもどうも」呴犁湖「首…モニョモニョ」且鞮侯「有名人!」〕
 〔霍去病:ドンパチ:頭屠→保護者(衛青と呴犁湖)に引き摺られて帰る〕
・陛下を基準に年齢層を考えてみる(史記登場時+史実)
 軍臣≒(?)李広(40程度?)>伊稚斜>>烏維>呴犁湖>劉徹(基準:22)
  >衛青>桑孔羊>且鞮侯>趙食其(衛青より若い)>>司馬遷(11)
  >霍去病(6)>頭屠(1つ下)>李陵(まだ生まれてない)
*李広は少なくとも初めて功を上げてから47年は生きている。
*陛下と去病は16歳違い(生没年がはっきりしてるのこの二人くらいだよ…)
*司馬遷は去病の5歳年上。
*史記では去病と李陵は10以上離れている(多分)
*伊稚斜さんの3人息子はまじで年齢不明。恐らく陛下・衛青どのと同年代。
*(史記)且鞮侯と頭屠が年が近め?
こういうの考えてると、不毛だけど飽きないなあw

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