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東京都青少年健全育成条例うんたら

 久々に書く気が起きました。仕事も一段落したしね。

 残酷描写・性描写の規制について

の東京都条例ができているようですね。まだかな?
 表現の自由とか18禁創作サイトとか二次創作は置いておいて…。
 規制があること自体は当たり前だし良いことでしょう。
 しかしその方法や基準は常に吟味され、細かくあるべきだと思います。

続きより本文入ります。
いつもにましてまとまりや主張がはっきりしません。
何となく思ったことを書き連ねています。

*********************
長くなるので、先に結論だけ。

 表現の規制はどうあるべきなのか…。
 表現に対する規制はものすごくデリケートな問題です。しかしながら、全く放置して言い問題でもない。
 前述したものに加えて、当然表現の自由も加味しなくてはならない。あー面倒ですね。
 いろいろ総合してこんな規制なら良いんじゃない?と考えてみます。

・ラインを設けるのではなく、一作品ずつ個別に判断。(これは条例でも配慮してくれるらしい?)
・出版社内、又は誌によっての基準を明確化。
・明らかな残酷・性描写を含むものの購入は年齢確認を求める。
 「駄目なものは出さない」、ではなく、購入や閲覧を困難にすれば大分解決すると思います。
 自己責任できる年齢になるまでは我慢しろよ的な方向性ではどうでしょうか。
・年齢制限がかかる内容のサイトは、パスワードや会員制度の設置を義務づける。偽装して閲覧した場合は自己責任。
 ネットは自由な世界ですし、基本「見るも見ないも自由で自己責任」が前提です。が、発信する側はこれくらいの自己防御と思いやりがあっても良いと思います。

 反論というほどでもないですが、感想など。

1 このような規制は行政がやるべき事なのか?

 創作物を見るか見ないかの判断は、本人や家族が決めるべきではないのでしょうか?
 私は東京都民ではないですが、自分の県でこのような条例があれば正直「うっとうしい」です。見て良いものかよくないかの判断は自分でつけるわい。見れる年になるまで我慢くらいするわい。
 私が保護者だったとしてもうっとうしい。規制とかいわれなくても子供の触れる創作物には気を配るのは当然。
 何が有害かは私と家族が決める。私の目をすり抜けて見ていたなら…その努力を買って目をつぶってやりたいと思います。生暖かい視線を送りながらwww

 まあしかしながら、残酷・過激な性描写の創作物は、「何が何でも見たいんじゃあ!!」という人のみに扉を開く…ような程度が良いと思われます。おおっぴらにするものではないということは多くの人にとって共通でしょう。
 ってことで発信者の運営モラルや良識をもっとなんとか、ね。同じ趣味仲間が増えるのは嬉しいですが、自分で限度を判断しないと叩かれても文句言えませんよっと。
 そう思う人間なので、「パス付き」「URL請求制」「検索避け」という言葉にはついつい好意を持ってしまいますw
 思えば、私がネット上で接した創作物(二次含む)は良心的な人のものが多かったですね。
 年齢に問題があれば閲覧制限をしたり、そうでなくてもワンクッション置く工夫がしてあったり。いい人たちが多いジャンルに嵌れて幸運です。
 こういう人たちがもっと増えるような工夫…つまり、発信者としてのモラル育成こそ、行政や保護者がすべきことなのではないだろうか?また、嫌いな人が見なくて済むような、住み分けの推進を考えていった方が遙かに現実的だし有効だと思う。
 
 また、いわゆる「アングラ」の存在はあってもいいし、逆に社会のどこかでは必要なんでしょう。
 多少不健全な方が社会全体としては健全なのでは?と思います。(浅井先生のパクリ)
 だから不健全な創作物は消えないし、あっていい。
 ただ存在の仕方が色々と面倒なことになっているわけで…。

2 っていうか東京都って暇ですね。
 他にやることないんですか?
 これって結構どうでもよさげな政策だし、条例もまだまだ穴や不充分な点が多いはず。
 こんなものに時間を掛けていいのかなあ…。

3 規制って、メディアの種類によって違うのではないだろうか?
 創作物を発信する手段には色々あります。そしてその種類によって規制されるべき度合いも変わってくると思うのです。
 1テレビ(アニメ・ドラマ)
 2映画
 3週刊誌、月刊誌(おじさまが読むものから、ジャンプやサンデーなど)
 4単行本(漫画)
 5単行本(小説)
 ○除外:ネット上の創作物……ネットはネットで独立して考えるべきだと思うので除外。
 取り敢えずこれだけの種類があるわけで。
 で、人の目に触れやすい種類、人に影響を与えやすい種類ほど規制は強く、そうでない種類ほど規制は緩くあるべきなのではないかなと。上のリストアップは数字をつけましたが、「人の目に触れやすい」順を私なりにつけてみました。異論は認めるwwだって今パッと考えたんですもん。
 実際の規制もそのようですしね。過激な性描写が問題になっていたケータイ小説が、映画版では笑ってしまうほどソフトになっていたという事例が有名でしょうか。
 現在がこういうやり方でそれなりに機能しているのなら、それで良いのではないかなーと思います。

 
法によって公式の基準を定めるというのは分かります。せいぜい調査して基準を決めればいい。
 しかし、どう基準を作るんだ?
 性描写にしても、登場人物の年齢、外見、水着・セクシーな服、谷間が見える、胸の露出、尻が見える、全裸、半裸、シルエット、入浴、呼吸・喘ぎ声、ヤってる表情、セックス最中、足だけ・手だけ見える、色んなプレイ、事後…等々、私ですら関係するシーンがこれだけ浮かびます。暴力・残酷描写ならさらに細かなシーンがあるはず。さらに、一瞬だけとか、数分とか、シーンの回数とか、実写かアニメか。アニメ・漫画なら画風や雰囲気も加味されなくてはならないでしょう。
 めんどくせーと正直思います。
 誰がどうやって決めるんだよこんなもん……。
 そして判断する人たちはこれを観るのww?で真面目に判断するのかと思うと悲しくも笑えてきますw

4 作品により「死」や「性」の意味合いが違うのではないか。
 これはかなり感覚の問題なんですが……。
 「されど罪人は竜と踊る」、「史記」、「ONEPIESE」、「D.Glay-man」、「ジハード」、「多重人格探偵サイコ」、「はだしのゲン」、「金田一少年」…まあ適当に挙げてみたんですが、ここに挙げてみたものだけでも作品中の「死」の意味・ニュアンスは違うと思います(性は置いておきます。絞らないと面倒なので)。
 死を避ける作品もあれば、意図的に見せている作品もある。「サイコ」は記号化されない死を描くために死体を描くと言ってました。
  さらに、死によって何が表現されているかも作品・場面によって違う。
 死を悲劇を表す手段として用いているものもあれば、感動的な場面として描いているものもある。理不尽で不可避なものとして描くものもあれば、運命的に描くものもある。残酷さや異常さを示す時もある。
 もちろん表現として必要であればどんな媒体で何をやっても良いと言っているわけではないです。
 ただ、これだけ死の表現の仕方、捉え方が違うのに、一律に規制して良いとは思えません。
 その辺は行政も配慮するようですが、3 を考えてみると…何だか空しい…。

5 これによって犯罪(青少年の犯罪や性行為/青少年をターゲットにした犯罪や性行為)は減るのか?
 つまり、青少年を「健全に」育成できる効果があるのか、ということです。
 うーん。効果あるのかなあ。
 問題となる創作物を目にしようがしまいが、犯罪を起こすものは起こすように思うんだが…。
 東京都は、性犯罪の加害者の精神が、創作物によって作られていると思っているようだけど、ほんとうにそうか。性犯罪の加害者は、幼児期の体験や自身へのコンプレックス、さらには持って生まれた性質によって加害者足る所が大きいのではないだろうか。………と考えるのは、クリミナル・マインドの見過ぎですか?www
 また、青少年が性行為に走るのも、創作物を見たからというより、現実世界で抱える問題がそうさせている所が大きいのではないだろうか。
 さらには保護者の監督不行届とか。
 そういった、根本的な部分をどうにかしないと、犯罪や問題行動はどうにもならないと思う。



 実は少し前から書きためていた部分もあるので、大変長くなりました。
 もう一つの結論としては、
 「無駄だし、どうでも良い」です。
 規制しようが何をしようが、需要はなくならないし欲望は止まらない。だから供給もありつづける。
 とくに出版不況の中では、出版社は手広くやってヒットを探すしかないでしょう。
 また、求める人がいる限り、表現や販売の場を変えて、「有害作品」は生産され続ける。
 だから、こういった規制には本来意図した効果はあまりないと思える。だから、無駄だし放っておいても良いと考えることが出来る。
 ただ、規制に違和感を感じるのもまた本心です。なんだろうなー。
 なんか、変。
 だからこんな長文が書けるんだろうなー。

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