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ワンピースに違和感・逃げ傷は恥なの?

以前、漫画「ワンピース」について、エースの血縁に「それはちょっとなぁ」という記事を上げました。
他にハンニャバルのセリフが軽く流されたり、ということもあってか、ワンピースに対する姿勢が少し距離を置いた感じで読むことができるようになりました。
すると、ほかにも違和感を感じる点が出て来たんです。
もちろん、ワンピースを面白いし好きだという気持ちは変わりません。
でも、「それはどうよ」と言ってみるのもまた一興だと思います。

大筋 「逃げ傷」「作者の主義と作品」。
書く前に決めないとね。忘れてしまうv


私は単行本派なので、コミックスにしか出ていない話はまだ読んでいないんですが、白ひげは死んだみたいですね。
ううむ。さらば白ひげ。
まあそれは置いといて。白ひげには「逃げ傷」が全くなかったそうですね。
逃げ傷がない。すごいねえ。「かっこいい、素敵だ」の感想をよく見かけます。
しかし、本当にそう思うだけでいいのかなあ。

私は、「逃げ傷」つまり背中の傷が格好悪いとは思えないんです。

逃げ傷がないというのはどういうことかをまず考えてみる。
背中に傷がない
・敵に背を向けたことがない。
・敗走したことがない。
・敗北もごく少ないということになる。
・勇敢である。
・男らしい、誇り高い。
では、背中に傷があるのは「逃げ傷」であるとしたらどんな意味を持つのか。
・敵に背を向けた。
・逃げた。
・意気地がない。
・命おしさに逃げた。
こんなところでしょうか。
ワンピース世界、またワンピースに感情移入しているファンの間では、こういう対比になっているのでしょう。


1 背中の傷をそのまま恥とするのはおかしいのでは?
「白ひげには逃げ傷がなかった」というエピソードと一緒に、「他作品のキャラには背中に傷跡があったんですけどww」という揶揄や、背中のに傷があることをすぐさま恥であるという言葉がちょこちょこ見られました。
この反応はちょっとおかしいんじゃないでしょうか。
ほかの作品などに対してワンピースの価値観を持ち込むのは、少し度を越しているというか…。
ワンピースの世界では「背中の傷」=「逃げ傷」と取られることが多いですが、他作品や現実世界では違って当たり前です。
また、ワンピースに「ジャヤ」という島があり、そこに「マシラ」という猿っぽいキャラが出ていました。
マシラはサーキースという敵からクリケットさんを庇って、背中で攻撃を受けていたのではないでしょうか。
こういう傷は恥なのか?
傷跡だけ見れば「逃げ傷」です。しかしこれは逃げ傷でいいのかなあ。
背中の傷=逃げ傷=恥 という直結した考えはおかしいと思います。


2 作者はどうなのか。
ストーリーの中では、ゾロやデュバルが「逃げ傷は恥」ととれる言葉を発しています。そこから、ワンピース世界でも背中の傷が恥ずかしいものであるという認識は多数の人が持っているののだと見ていいとします。
ここでおさえておかなければならないのが、「作品上表現されている主義や思想と、作者の主義や思想は必ずしも一致しない」という事。
ワンピースファンもワンピースアンチもこのことを忘れていることが多い。
(この話についてはまた細かく語りたいなあ)
つまり、尾田さんは作品の中で「逃げ傷=恥」という表現をしているが、尾田さん自身がそう思っているとは限らないのです。これは作者や作者と直接話した人にしか分らない事です。
しかし私は、尾田さん自身も「逃げ傷=恥」と思っているのではないかと考えます。
理由1は、尾田さんが任侠映画をとても好んでいるから。
ヤクザさんは顔の傷を名誉の傷、背中の傷を不名誉な傷と考えることが多いそうです。
ヤクザが登場する任侠映画に親しんできた尾田さんなら、その意識があってもおかしくないでしょう。
理由2は、尾田さんは自分の主義や思想を素直に作品に反映しがちだから。
これは説明しにくいんですが。わたしはそう感じでいます。
たとえば最近では、ルフィが義兄弟の絆を主張する話がありました。義兄弟…つまりは義侠や任侠の世界の美学です。尾田さんは自分が良いと思っていることをそのまま漫画に反映しています。
また、アンチまとめサイトで載せられているインタビューでは、登場人物が不殺の信念を持っているのではなく、尾田先生が不殺の信念を持っていることがわかります。これも素直に作品に反映されていますね。
さて!
長くなりましたが、以上の理由から尾田さん自身が「逃げ傷=恥」と考えている可能性は高いことがわかりました。
*尾田さんにとっての「逃げ傷」が背中の傷全般なのか、逃走したための傷なのかは分りません。

さらに考えます。
尾田さんが、そういった逃げ傷に対する感情をそのまま作品上に出しているのはどうなのか。
当然問題はないです。なんたってクリエーターなのですから、自分が表現したいことを表現すればいいのです。
しかし、同時に稚拙だな。と思います。
このストレートさに関してね。それ以外の部分(絵や複線やストーリーやいろいろ)は随分できた人だなあと思っています。
悪い言葉を使えば、自分の美学に酔っている、というか…。
思考が素直な人なんだなあと思います。
自分が格好いいと思うものを、「格好いいよ」と描いている。なまじ格好良く描けてしまうから人気も出ます。
その意味では北方謙三の文章に似ているのかも。
そのストレートさに皮肉好きな私なんかは、物足りないとか稚拙だとかの印象を持ちます。
もう少し良く考える人なら、自分の美学をそのまま盛り込むことはしないと思います。
され竜じゃありませんが、思っていることをそのまま口に出していたのでは獣の吠え声や幼児の欲求と一緒です。創作の世界もそうなのではないでしょうか。
あ、「じゃあお前描いてみろよ」なんてよくあること言わないでくださいね。
私に創作能力はないんですからww
まあできるとすれば、「逃げ傷がない=かっこいい」という直接いう言葉やシーンは出さず(四角で囲ったナレーター風のあれは特に)、「敵に背を向けない」という行為を見た登場人物の反応や表情からそれが立派な行為であるということを伝える、でしょうか。
まー大変だよね。話作るって。


3 「逃げ傷」だってそう悪いもんじゃないと思う。
背中の傷=逃走ゆえの逃げ傷、としておきます。
それでも、恥と思うことに疑問です。
逃げるってのも重要な選択だと思うからです。
敗北は恐ろしい。そして惨めです。しかし命を落とすこともまた想像できないほど怖い事です。
って書いたものの。
そろそろ書くのに疲れてきた・・・。
なので機会があったら改めて。

かゆ
うまーww

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Comment








逃げる時につくから逃げ傷なのよ。
背中の傷が全部逃げ傷じゃあない。

背中みてくれじゃなくて、自分が背中の傷にたいしてどう思うかよ。
from. あほか | 2011/02/06 02:14 |
へーそうなんですか。
じゃあBLEACHのキャラクター見て笑ってたワンピースファンは何なんですかね。見てくれで背中の傷を逃げ傷だと思う人がワンピース読者にはたくさんいるんでしょうかね。
てか本文読みましたか?

あ、コメントありがとうございます。
少しはお褒めしないといけなせんよね。
ええと、三行で自分の意見を述べるなんて簡潔で凄いです。「世界一短い手紙」とまではいきませんが、一筆啓上賞くらいは目指せるんじゃないでしょうか?それから感情をありのままに表現した名前、見事です。余程の方でなければできないと思います。それに、一見非難をひているようでいて、「〜なのよ、〜よ」という口調を考慮するとまた雰囲気が違って見えます。そう、とても女性的な……むしろマダムっぽい……。あ、話変わりますが、これは縦読みなんですか?「逃・背・背」……?うーん、あ!たった三行なのに、同じ文字が二つもありますよ!うわあすごい!では最後の文字は「よ・い・よ」……よいよ?はあ〜文句を言っているようで実は褒めているという高等テクニックですか?はっ、最初の文字も最後の文字も同じ文字が二つ含まれているだと!?これって……

はい、飽きました。
ぶっちゃけ何が凄いって、三行のコメントでこれでけ遊ばせてくれたことがすごいかなあと。
from. 西 砂子 | 2011/02/11 10:34 |
管理者の承認待ちコメントです。
from. - | 2013/01/27 19:57 |
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